自動運転の現場で、Passenger App はどう設計されたか
シリーズ目次
- 第一章|背景 — なぜ Passenger-Centered Design が必要になったのか
- 第二章|実験 — 自動運転車両における Passenger App の実装と試行
- 第三章|今後 — Passenger App と乗車体験のこれから
Passenger Screen から Passenger App へ
「Passenger Screen」という呼称は、Waymo がロボタクシーにおいて採用している、乗客向けスクリーンの呼び名である。本章では、その開発に携わる立場として、以降これを Passenger App と呼ぶことにする。
Passenger App は、単なる表示装置ではない。
自動運転車両における「乗車体験」を、走行中の時間に限定して担うインターフェースである。
Waymo と Tesla に見る Passenger App
Passenger App という観点で、近年とくに注目を集めているのが、米国 Tesla の Robotaxi だ。
自動運転のロボタクシーといえば Waymo を思い浮かべる人が多いかもしれないが、両社の Passenger App を見比べると、いくつか興味深い共通点がある。
Waymo の車両は、運転席のある既存車両をベースに自動運転用へと改造している。一方、Tesla は Robotaxi 専用車両として、運転席そのものを持たない車両を構想している。
ただし、Tesla は専用車両に加えて、現行の量産車(運転席のある車両)でも Robotaxi の運行を行っており、その場合の Passenger App は Waymo のそれと驚くほどよく似ている。


極端にシンプルな UX
Waymo と Tesla(運転席あり車両)の Passenger App を見比べると、基本構成はほぼ共通している。
- 後部座席の乗客向け
- センターコンソール付近に約10インチ以下のディスプレイ
- UI は極めてシンプル
- 乗車後に行う操作は、ほぼ一つだけ
乗客は「Go Ride」をタップする。それだけで走行が始まる。この極端にシンプルなUXは、Passenger App 単体で成立しているわけではない。
モバイルアプリとの役割分担
このUXが成立している背景には、両社ともに 専用のモバイルアプリを用意している点がある。
- ユーザー登録
- 目的地の指定
- 支払い
これらはすべて 乗車前にモバイルアプリ側で完結する設計になっている。
言い換えれば、Passenger App は「走行中の体験」に役割を限定されたインターフェースだ。乗車してからユーザー登録をしたり、目的地を指定したりすることはできない。
Passenger App は、モバイルアプリと組み合わせて初めて成立する存在なのである。
日本の自動運転における「乗車体験」の所在
では、日本の自動運転の現場において、この《乗車体験》を担っているのは誰なのだろうか。自動車OEM、自動運転システムの開発会社、サービス運行会社という役割分担で見た場合、
乗客(ユーザー)にもっとも近い立場にいるのは、明らかにサービス運行会社だ。
少し前であれば、これを MaaS オペレーターと呼んでいたかもしれない。しかし、この MaaS オペレーターという立場で、乗車体験を一気通貫で設計することは、実際にはきわめて難しい。
分断された役割構造
日本の自動運転では、役割が細かく分断されている。
- 車両の提供:自動車OEM
- 自動運転システムの提供:開発会社
- サービス運行:MaaS オペレーター(事業会社)
- 運転・運行管理:交通事業者
- 最終責任:地方自治体(行政)
この構造の中には、「乗車体験全体」を最初から最後まで見渡し、設計できる役割が存在しない。誰もが部分最適を担っている一方で、体験の全体最適を引き受ける主体がいないのである。
実証実験とサービス運行のギャップ
実際、MaaS オペレーターの主な役割は、すでに存在する自動運転車両やモバイルアプリを活用し、どうやってサービスとして成立させ、マネタイズするかを検討することにある。
その結果、
- 多少使いにくくても既存アプリで代用
- 車両はラッピングで対応
といった対応に留まるケースが多い。
実証実験とサービス運行の間には、マーケティング用語で言えば「キャズム」と呼べるほどのギャップが存在している。
ロボバスでの実験
全国各地で運行されているロボバス(自動運転レベル2・運転手あり)では、バス運転席裏のキャビンモニターに Passenger App を表示した。

Passenger App の利用者は、もちろん乗客である。
一方で、開発フェーズでは、自動運転システム Autoware の挙動を確認するために、検知対象を可視化する開発者向けアプリ RViz を常用している。
実証実験と称して一般試乗を行う場合でも、多くの現場ではこの RViz がそのまま表示されている。

Passenger App を搭載するということは、「開発者向けではない表示」に切り替えるという意思表明でもある。しかし実証実験では、解析と改善を優先するため、開発者向け表示のまま運行されるのが実態だ。
ロボタクシーでの実験
特定エリアを周回するロボタクシー(自動運転レベル2・運転手あり)では、後部座席モニターに Passenger App を表示した。
バスと異なり、タクシーでは乗客が操作する前提となるため、
- 目的地の設定・キャンセル
- 音声対話による操作
といった機能を実装した。
音声対話エンジンには OpenAI Whisper を活用し、自然言語での対話を試みた。




操作と自動運転プロセスのズレ
実験を通じて明らかになったのは、乗客が想定する操作フローと、自動運転の実際の実行プロセスとのズレだ。
想定されがちなフロー
- 目的地設定 → 発進
実際のフロー
- 目的地設定→ ルート設定→ Autoware での自動走行開始→ 車両側での自動走行開始→ 発進
さらに実際には、人為的な安全確認や操作が加わる。このプロセスに呼応して、
- どのタイミングで
- どの情報を
- どの粒度で表示するか
を設計しなければ、乗客は「なぜ動かないのか」「何が起きているのか」を理解できない。
第二章|まとめ
- Passenger App は、モバイルアプリと役割分担することで成立するインターフェースである
- 日本の自動運転開発では、役割分断により乗車体験を一気通貫で設計しにくい
- Passenger App は、技術と乗客体験をつなぐ「翻訳装置」として機能する
次章では、これらの実験を踏まえ、Passenger App を今後どのように位置づけるべきかを整理する。
※この記事は、Mediumからの転載です。



