HMI Design in the MaaS Era – The Importance of UX Design

MaaS 時代の HMI デザインについての考察※です。自動車業界における MaaS とは、自動車のコックピットにおける HMI デザイン、製造プロセスにおける UX デザインの役割についてまとめています。

in English is here.

自動車業界におけるMaaSとは

MaaS (Mobility as a Service) は、従来交通手段ごとに別々の支払いや手続きが必要だったものを、スマートフォンを使ってまとめて行えるようにする取り組みです。これにより、交通サービスが統合され、DX (デジタルトランスフォーメーション) が急務となります。特に利用者にとって、予約や決済などの煩わしい手続きをスマートフォンで一括して行えることは、交通分野の革新と言えます。さらに、電動キックボードや配送ロボットなどの「第三次交通」と呼ばれる手段も、ラストマイルの開発に注目が集まっています。

一方、自動車業界では CASE (コネクテッド、自動運転、共有、電動) という4つのキーワードがトレンドになっています。これは、それぞれの分野が独立しているのではなく、世代や車種、モデルなどによって順次取り入れられる潮流を意味しています。つまり、これからの自動車に搭載されていくであろう技術分野として理解することができます。コネクテッドの代表例として、スマートフォンとの連携が期待されていますし、脱炭素化への世界的な流れとしては EV の普及 (電動化)、さらに V2X と呼ばれるエネルギーマネジメントとしても関心が高まっています。

自動車メーカーの取り組みの例として、まずは General Motors の「OnStar」が挙げられます。これは、スマートフォンアプリを通じて地図やナビなどのサポートサービスを自動車オーナーに提供しています。次に、Cruise は無人自動運転のタクシーサービスを展開しており、こちらもスマートフォンアプリで配車を予約し利用できます。また、インドの「ZoomCar」は、自分が使わない時間に他の人が車を利用できるように、スマートフォンアプリで時間と利用者をマッチングさせています。

自動車業界における MaaS とは、単に車や技術、機能を指すのではなく、人々の移動を円滑にするためのサービスを意味します。だからこそ、利用者視点で考えることが大切です。例えば、無人の自動運転専用車両を開発している「ZOOX」では、運転席がなく、乗客が向かい合うデザインが特 長です。これは車が自動運転技術によって形状が変わるのではなく、ドライバーが不在でプライベート空間を楽しめるようにデザインが変わっていることを示しています。車はサービスに応じて進化し続けています。

自動車業界のコックピットにおける HMI デザイン

次に、自動車コックピットにおける HMI デザインについて見ていきましょう。最新のEVと比較すると、従来の自動車のコックピットはボタンが多くレガシーな印象を与えるかもしれません。HMI は、ドライバーと車との接点 (インターフェース) を示します。調査では、100個以上の機能が存在するとされていますが、これらを運転中に使いこなすことは非常に困難です。

機能のみに焦点を当てた設計では、航空機のコックピットのようにボタンが多くなりがちです。重要なのは、利用者 (ドライバー) がこれらの機能をどのように利用するかという視点です。例えば、「窓を開ける」という行為には、どのような要素が関与しているでしょうか。車内が暑い場合や外を見たい場合など、車の位置や状態、外部からの情報をもとに人は判断し機能を利用します。これを踏まえると、1機能が1行為とは限らず、複数の情報をもとに行為に至ることがわかります。つまり、機能単位で考えるのではなく、行為を中心に考慮することが重要です。

ソフトウェアとハードウェアのバランス

多くの情報をどのように扱うかという点ではソフトウェアが優れています。車の制御だけでなく、車の位置や状態、外部からの情報をまとめて一元管理するダッシュボード (モニター) が搭載されている自動車が典型的な例です。

ただ、ソフトウェア偏重の考え方については意見が分かれることがあります。Hyndai のデザインリードである Sang Yup Lee 氏は「物理的なボタンを頻繁に利用してきた我々は、安全関連のボタンはハードでなければならない」と述べています ()。しかし、航空機のコックピットのようなボタンが多く並ぶような状態を利用者 (ドライバー) は本当に望んでいるのでしょうか。

最新の EV コックピットでは、ソフトウェアとハードウェアのバランスが緻密に検討されています。例えば、著者が開発に携わった「日産ARIYA」では、12.3 インチの横長ディスプレイを使い、メータークラスタやインフォテインメントシステムがソフトウェアで一体化されています。同時に、HVAC など安全性が求められるスイッチには、触感を伴う物理ボタンが使用され、運転中に利用できるボイスコントロール機能も搭載されています。これらは、後述するデザイン調査を実施し、実際にドライバーが必要とする行為や必要な操作を検証したうえで、どこまでをソフトウェアで制御可能かを判断してデザインしています。

ドライバーを囲むディスプレイ群

自動車業界では、次世代のコックピットにどのような特徴が求められているでしょうか。AI が示す重要なポイントは、シームレスなコネクティビティ、人間中心デザイン、柔軟なインテリアの3つです。特にシームレスなコネクティビティについて、各自動車メーカーがどのように取り組んでいるか見てみましょう。

LUCID の電気自動車「LUCID Air」は、複数のディスプレイがシームレスに繋がっていて、直感的に操作できる良い例です。アップルの自動車開発に関わったデザイナーが手掛けており、横長の大型ディスプレイがステアリング前に、縦型のディスプレイがコンソール部分に配置されています。また、メルセデス・ベンツの「EQSハイパースクリーン」では一体型のマルチスクリーンを搭載し話題を集めました。メルセデスは「MBUX」というシステムを開発し、「Hi Mercedes!」でボイスコントロールも可能です。さらに、国内メーカーのソニー・ホンダモビリティの「AFEELA」プロトタイプには、コンソール部分の縦長ディスプレイはないものの、助手席前まで伸びる大型横長ディスプレイで左右のミラーをも含む一体化したデザインが特徴です。

これらの例から、助手席まで伸びる横長ディスプレイやコンソールまで伸びた縦長ディスプレイ が、高級感あふれるコックピットの典型であることがわかります。ドライバーをディスプレイで包み込むようなデザインが目立ちます。このようにディスプレイで表示するソフトウェアを重視する考え方は「SDV (ソフトウェア・ディファインド・ビークル)」と呼ばれています。自動車の機能をソフトウェアで再定義するという意味で、OTA を前提としたアップデートが可能な部分を増やすことで、スマートフォンのような進化を目指しています。

モバイルテックジャイアントの趨勢

スマートフォンの世界では、Apple の「iOS」や Google の「Android」が主要なプラットフォームですが、自動車業界でも Google が開発する「Android Automotive (Car OS)」を搭載した車が存在します。ボルボカーズ傘下の「Polestar 2」がその代表例です。従来の自動車向け OS は、 Linux や独自 OS が中心でしたが、最近ではスマートフォン用の OS を自動車向けにも展開する動きが見られます。この流れに沿って、ボルボカーズが発表した最新の電気自動車 SUV「EX90」にも「Android」が採用されています。

また、Google の「Android」には Car OS である「Android Automotive」のほかに、スマートフォンアプリ「Android Auto」も提供されています。これは、自分のスマートフォンで「Android Auto」アプリを起動し、車のディスプレイにミラーリングして使うものです。自動車メーカーが提供するインフォテインメントシステムと重複する部分があるため、車メーカー側からは慎重な見方がされることもあるかもしれません。

Apple も同様に、スマートフォンアプリ「CarPlay」というミラーリングアプリを提供しています。2022年には、インフォテインメントシステムだけではなく、車のディスプレイすべての表示に拡張したコンセプトも発表されました。

このミラーリングアプリ台頭の動きは世界中で関心を持たれています。ドイツの HERE Technolgoies と ABI Research が2022年にまとめたホワイトペーパーには、車メーカーのナビは古く使いにくい、ミラーリングにシフトしていくことを警鐘しています。もちろんその解決策として、更新しやすいシステムを旧来の車でも利用できるようなソフトウェアでの改善策をうたっています。

2023年4月時点、GM が「CarPlay」の段階的廃止を発表し、Tesla や Rivian は「CarPlay」を禁止するかわりに自社のインフォテインメントシステムの強化を公表しています。

ドライバー中心からパッセンジャー中心へ

視点を少し変えてみましょう。下図では、上がラグジュアリー、下がミニマル、右がドライバー向け、左がパッセンジャー向けという4つの象限が含まれています。それぞれで代表的な例を紹介します。

図: ラグジュアリー・ミニマルとドライバー中心・パッセンジャー中心

シトロエンの「Ami」は、メーターが最小サイズのディスプレイしかなく、スマホを立てかける前提の設計になっています。日本では TOYOTA の「C+pod」が似たようなコンパクトカーのコンセプトですが、スマホを立てかける前提のような形状は見当たりません。ミラーリングアプリで表示するには、最低限のサイズのディスプレイさえあれば十分なので、非常にシンプルな設計になります。

自動運転を前提に考えると、ロボタクシーの世界になり、従来のコックピットはほぼ姿を消します。例えば、東京五輪で走行した「e-Palette」にはコックピットがなく、車の状況モニターと周辺のアラウンドモニターが搭載されているだけです。緊急停止やドアの開閉などは物理スイッチがありますが、それ以外のボタンはありません。同様に、2025年の関西大阪万博で走行予定の「Boldly」の自動運転バスもコックピットがありません。車の状況モニターが柱にあり、人が介助する場合に使うコントローラーで制御します。ゲームのコントローラーと同じものなので、まさにゲーム感覚で操作できます。

左下象限に該当する自動運転車両「Zoox」のインテリアもコックピットはありません。乗客は向き合うように座り、ソファの手元にタッチパネルがあるだけです。

将来を見据えると、高度な機能が盛りだくさんのイメージを持たれることもありますが、その1つずつすべてを物理ボタンにしようとするのは現実的ではありません。第一、利用者は使い切れません。ドライバーレスの時代に、自動車の利用者とは運転するドライバーではなく、乗車するパッセンジャー(旅客、乗客)であることを忘れてはいけません。したがって、自動車の HMI は、パッセンジャー中心で考えることが重要になります。

製造プロセスにおけるUXデザインの役割

デザインを進めるためには、製造プロセスの見直しが必要です。従来のレガシーな会社では、機能ごとに組織ができ、順番にプロセスが進むことで安定した供給を目指しますが、最近のデザイン業界では、デザイン工程より前に、試作品を作り検証する方法が普及しています。つまり、企画・デザイン・開発などのプロセスがある場合、企画の段階で、試作品をデザインし開発したものを検証にかけるという方法です。さらにその検証では、実際の被験者に使ってもらい有益なフィードバックを得て、本来のデザイン工程に進めます。

そのため、組織を横断するクロスファンクショナルなチームが必要であり、コンセプトや評価基準までを一貫して考慮する必要があります。

本来のデザイン工程の前にデザインすることは、従来の組織やプロセスとは違いがあるかもしれませんが、作るものが決まってからデザインするのではなく、どのように利用されるかを先に計画することを意味します。つまり、利用者の状況 (シーン) を理解し、どのような機能が必要かを検討するプロセスです。これを UX デザインと呼びます。

機能を優先して開発する弊害

自動車会社各社の取り組みを見ると、そのシーンが十分に考慮されていない場合があります。

例えば、HUD (ヘッドアップディスプレイ) と連携する横長のディスプレイを発表した BMW の「iVisionDee」は、さまざまな情報をフロントガラスにも表示するものですが、運転を阻害するディストラクションの懸念が明らかです。実際に、被験者に使ってもらう調査をすると「見ない」「見れない」など運転に集中できないといった回答が得られるでしょう。機能を優先して開発した例です。

また、日産が実施した自動運転の実証実験「EasyRide」車両では、後部座席に大型モニターを設置していましたが、自分のスマートフォンとうまく連携していなかったため、表示する情報が一方的になっていました。最近のタクシーでもよく見られるようになった後部座席のモニターについては、自分の情報や求める情報とうまく連携がされないと、ただの広告になってしまい、パッセンジャー視点ではやはりその必要性に疑問がついて回ります。

これまで、乗車してから行き先を尋ねられるコミュニケーションがタクシーにはありましたが、これからは事前に情報を共有し「行き先は分かっているよね?」というところから乗車体験が始まることになります。これはタクシー以外の車にも同じことが言え、パッセンジャーが必要な情報は何か、それはいつ必要かを正しく検証する必要があります。

乗車するという特殊な体験

スマートフォンを常時使っている現代では、乗車する行為は生活の一部と言えます。常時スマートフォンを見ているのに、乗車してからは専用のモニターを見ないといけないというのは、わたしたちが望んでいることでしょうか。

実際に、自分が運転をしない電車や飛行機での移動中に何をしているのかと考えると、スマートフォンを見ています。日頃から見ているニュースはもちろん、仕事の情報や動画などのエンタメも楽しむことがあります。

昨今、そのエンタメにシフトしている自動車会社の取り組みも見えます。BMW からスピンアウトした holoride が提供している MR ゴーグルを使ったゲームでは、実世界の重力や慣性、速度などと連動して VR 世界が展開します。また、CES で発表されていた「LG OMNIPOD」では、室内すべてが LED となっており、自動運転中に乗客がフィットネスをするようなコンテンツを提供するコンセプトまでありました。室内空間すべてと連動して、ディスプレイとイルミネーション、素材などとも連動表現した Mini の「ACEMAN」も顕著です。

holoride

新たなモビリティサービスと空間デザイン

自動車と電車や飛行機の大きな違いは、プライベート空間の有無です。目の前のモニターで情報提供が可能であれば、専用コンテンツもひとつの手段となりますが、現代では個人のスマートフォンが情報提供の役割を果たすと考えられます。例えば、ミラーリングアプリのように、自分のスマートフォンと連携することでより有益な情報を得られる可能性があります。

また、個室として空間が提供できる場合、その空間で可能な活動を考慮しデザインすることが重要です。ひとり用のラーメン屋のパーティション、漫画喫茶の個室、ホテルの宿泊など、今後の HMI デザインでは、特定の目的で利用する空間デザインが求められます。

2023年4月から道路交通法が改正され、自動運転レベル4に相当する「特定条件下における完全自動運転」が可能となり、新たなモビリティサービスが展開されます。MaaS で利便性が向上し、新たな空間デザインによって移動の体験が大きく変わることが予想できます。また、利用者を巻き込むプロセスの浸透により、自動車業界は持続可能で利便性の高い未来へと進んでいくことでしょう。


※この記事は、技術情報協会が主催するセミナーで講演した内容を記事化したものです。自動車業界誌『月刊 MATERIALSTAGE』6月号にも寄稿しています。

プレゼンデッキは SpeakerDeck でご覧いただくことができます。

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